ヨキッチの偉大さを無駄にするナゲッツ、タウンズの契約問題、カイリー復帰戦――NBA開幕前の焦点
NBA Today(2026年10月12日配信)でジョージ・ジダーノがNBA開幕直前の注目トピックを語った。
Roommates Show(2026年10月22日配信)でダーク・ノビツキーが語った
Roommates Show(2026年10月22日配信)でブランソンとハートがNBAの変化を語った。
ダーク・ノビツキーとスティーブ・ナッシュをゲストに迎え、ルーキー時代の思い出からポジションの変遷、ニックスのプレーオフでの快進撃までを幅広く語り合った。ノビツキーはブランソンの成長を間近で見た経験を振り返り、ナッシュはポイントガードの役割の変化やビッグマンのスキル革命について自身の見解を示した。
ブランソンのルーキーイヤーはノビツキーの現役最終シーズンと重なる。ブランソンはダラスでの1年間を振り返り、ノビツキーへのパスの難しさや、試合終盤にファンが「ダーク!」コールを始めるたびにボールを渡していた日々を語った。一方のノビツキーは、ブランソンが練習施設に初めて現れたときの第一印象を率直に明かした。
「ジェイレンが練習施設に初めて来たとき、俺は『これは無理だろ』と思ったよ。体格的にね。頭がデカすぎて、『よく前に倒れないな』『NBAでやっていけんのか』って正直思ったよ」
— ダーク・ノビツキー [04:56]
しかしフットワーク、バスケIQ、そしてシューティングコーチのシャムスとの居残り練習を見て印象は一変したという。ルカ・ドンチッチが負傷した際のユタとの1回戦でブランソンがチャンスをつかみ、そこから成長を続けた姿に感銘を受けたと語った。ニューヨークへの移籍についてノビツキーは「大型契約を結んでこのメディア市場に飛び込んで、うまくいかないときのプレッシャーも強い場所」だと心配したが、競争心と闘志でフランチャイズを優勝に導いたことを称賛した。
「彼の中にある競争心、情熱、そしてそのチャレンジを受け入れた勇気が、今のすべてを作り上げたんだと思う。フランチャイズを引っ張り、チャンピオンシップまで導いた」
— ダーク・ノビツキー [07:08]
ノビツキーはスリーポイントの向上がミッドレンジやドライブからのフィニッシュをすべて広げたと分析し、ブランソンのゲーム全体の進化を裏付けた。
ハートがブランソンに「堅実な選手からスターへの転換点は何か」と尋ねた。ナッシュもかつてブランソンを「チームのリズムを崩さない堅実なプレーヤー」と見ていたと認め、ここまでのレベルに達するとは予想していなかったと述べた。試合後にシュート練習に向かうブランソンの姿を大学時代から見ていたナッシュは、ワークエシックは疑わなかったが到達点には驚いたという。
ブランソン本人は技術面ではなく「チャンス」を最大の変化として挙げた。
「自信とチャンスってタイミングよく重なると、いい化学反応が生まれるんだよね。『自分にできる』って思えて、実際にやり遂げられるっていう」
— ジェイレン・ブランソン [10:39]
チームメイトの存在も大きかったと語り、周囲との相乗効果が成長を後押ししたと振り返った。ナッシュもNBAでは状況とタイミングが重要だと同意し、強いチームで控えの役割を担わされて芽が出なかった選手もいると補足した。
ナッシュはダラスからフェニックスに移った後の対戦について、最初は1on1で足元に入り込む守り方が通用したが、ノビツキーがパワーとサイズを活かし始めてからは「コンテストできなくなった」と認めた。プレーオフで3〜4回対戦し、友情にも影響が出たという。
ノビツキーは親友の移籍を「金のために俺たちを去った」と冗談交じりに表現しつつ、当時の戸惑いを率直に語った。
「最初に去ったとき、俺たちほぼ親友みたいな感じで毎晩つるんでたのに、突然ライバルチームに行って最高の舞台で対戦することになって」
— ダーク・ノビツキー [19:16]
夕食に行っても翌日の試合の話ができない居心地の悪さから、しばらく距離を置いたという。ナッシュにはうまくやってほしかったが、実際にうまくいっている姿を見ると「くそ、めちゃくちゃうまくやってるじゃないか」とこたえる複雑な感情があったと打ち明けた。サンズについてはアマレ・スタウダマイアーとのピック&ロールを中心に「スイッチしようがトラップしようが、何をやっても常に答えを持ってる」と振り返り、ナッシュのスキルセットに完璧にフィットしたチームだったと認めた。
ナッシュは2011年にノビツキーがファイナルの舞台に立つと、マイアミまで試合を観に行った。2人の間には2006年の苦い記憶もある。マーベリックスが2勝0敗でリードした段階でナッシュが電話をかけ「もうすぐ最初の優勝だな」と祝福したが、その後ドウェイン・ウェイドの爆発で逆転負けを喫した。それだけに2011年の再挑戦は特別な意味を持っていた。
クリス・ボッシュをポンプフェイクでかわしてレフティのレイアップを決めた場面では、群衆の中でビールを一気飲みしている自分の写真が残っているという。
「彼のことが嬉しい自分と、『くそっ、俺にはこういう機会は来ないかもしれない』って思ってる自分が同時にいてさ」
— スティーブ・ナッシュ [22:06]
応援に行ったのはノビツキーに優勝してほしかったからだと前置きしつつ、自分にはチャンピオンシップが訪れないかもしれないという嫉妬が同時にあったと正直に明かした。この告白にノビツキーは「優勝した時、息子みたいに電話かけてこなかった?」と返し、2人の友情の深さが伝わるやり取りとなった。
ナッシュはポジションの変化について、自分たちの世代ではポイントガードの仕事は「チームを動かして、コントロールして、あんまり打ちすぎずに確実に決める」ことだったと振り返った。ところが直近2〜3世代では、ディフェンスが整う前に仕掛けてスコアする「最初の攻撃の起点」へと役割が変わったと分析した。
「今はもうプレッシャーをかけられたら抜いてしまえってなるじゃないですか。でも待って、プレー作ろうとして味方を動かそうとしてたら、実質5対4みたいになってしまう」
— スティーブ・ナッシュ [25:50]
パスファーストのポイントガードがプレーを組み立てようとすると、守る側は思い切り当たるかパスコースを塞ぐだけで済んでしまう。だからこそ現代ではプリンシプル(原則)ベースの攻撃、つまりボールスクリーンやマッチアップの優位をその場で判断して仕掛けるスタイルに移行したという。ブランソンも自身の変化として、高校1年生ではチームを動かすタイプだったが2年生頃から攻撃の起点に切り替わり、2012〜13年あたりが転換点だったと語った。アナリティクスの浸透と、ラッセル・ウェストブルックやギルバート・アリーナスのようなアスリート型の選手がポイントガードに置かれるようになったことも、この変化を後押ししたとナッシュは付け加えた。
ナッシュはノビツキーの功績としてストレッチ4/5の先駆者である点を挙げつつ、若い頃の機動力やドリブル、スピンといったアスリート性が過小評価されていると指摘した。
「ビッグマンが『外から引っ張り出して外でプレーするぞ』という、ポイントガードが攻撃を仕掛ける許可証みたいなものが、ビッグマンにも生まれたんだと思う」
— スティーブ・ナッシュ [27:23]
ノビツキー自身は、90年代に入った当初の4番・5番はリバウンドとクロススクリーンが主な仕事だったと振り返った。5秒バックダウンルールの導入やゾーンディフェンスの解禁を経て、ビッグマンのプレースタイルが徐々にシフトしたと説明した。
「ヨキッチが何でもできるのを見てると、ビッグマンとしてのスキルレベルが本当に高くなったよね。自分もその進化の小さな一部になれたかなとちょっと誇りに思う」
— ダーク・ノビツキー [28:18]
現在はヨキッチのように得点・パス・リバウンドのすべてをこなすビッグマンが生まれ、4番や5番がオフェンスの起点としてボールを運ぶことも珍しくなくなった。ノビツキーはその流れの出発点の一つに自分がいることを誇りに感じると語った。
ニックスのプレーオフについて、ノビツキーは「2011年マブスの優勝ランを思い出した」と語った。ベテランが得点者を気にせずボールを共有し、ビハインドからでも必ず戻ってくる結束力が見えたという。
ブランソンはアトランタに2勝1敗でリードされた直後の場面を明かした。
「試合後、コーチが入ってくる前にみんなで集まってさ、やるべきことは分かってる、1点差か2点差で2試合落としただけだ、って確認し合ったんだよ」
— ジェイレン・ブランソン [35:26]
14点リードから崩れたゲーム2の自滅を認めつつ、「引きずったら終わり」と全員で切り替えた。そこから15勝1敗の歴史的ランにつなげた。ナッシュはマイク・ブラウンHCのもとでシーズン序盤に役割が不明確だった時期があったと振り返り、前年スターターで37分出場していたのにベンチから20分しか出られなかった苦しさを語った。しかしブラウンHCのオープンドアポリシーのもとで対話を重ね、プレーオフに入る頃には「全員が勝つためだけに動くグループ」になれたと述べた。
「プレーオフに入れば、あとは誰もが分かるじゃん、表彰とか関係なくなって、出場時間もシュートも気にしなくなる。ただ勝ちたいだけ」
— スティーブ・ナッシュ [39:51]
ノビツキーはこのニックスの戦いぶりに2011年マブスとの共通点を見出し、スコアが誰かなんてどうでもよくてただ勝ちたいだけのベテランの集まりだったと称賛した。
ファンからの「歴代チームメイトでスターティング5を組むなら?」という質問に、ノビツキーはまずナッシュとジェイソン・キッドを選んだ。キッドについては「キャリアのやや後半で一緒になったけど、ゲームの見え方とIQが信じられないレベル」と評した。3人目にはルカ・ドンチッチを挙げ、4人目にマイケル・フィンリーを選んだ理由が印象的だった。
「スティーブと俺がどんどん成長していくのを見て、『これは俺のチームだ』って押さえ込もうとするんじゃなく、俺たちが成長して、ある時点では彼を追い越すのも受け入れてくれてさ」
— ダーク・ノビツキー [56:41]
フィンリーはダラスに来た当初のエースだったが、若手の台頭を受け入れてサポートに回り、82試合毎回違うスーツを着るプロフェッショナルぶりだったという。5人目には2011年の優勝を共に勝ち取ったタイソン・チャンドラーを選び、21年間で200人以上のチームメイトがいた中から5人を絞る難しさを見せた。ナッシュのドリームチームにはデイミアン・リラード、ブランソン、レブロン・ジェームズ、カール・アンソニー・タウンズ、タイソン・チャンドラーが並んだ。
最後に「一番好きなクラッチモーメント」を問われ、ノビツキーは2006年のスパーズとのゲーム7を挙げた。前半20点リードから追い上げられ、ジノビリの3ポイントでリードを奪われた場面から残り約20秒で3点差。無理に3ポイントを打つかドライブするか迷った末にゴールへ向かったところ、ジノビリがウィークサイドからチャレンジしてきた。
「手首を引っかけられてボールがなんとかリングを通って、フリースローも決めてオーバータイムに持ち込んで、スパーズをOTで倒したんだ」
— ダーク・ノビツキー [71:37]
「いつも兄貴分にやられていた」スパーズをサンアントニオで倒したあの勝利は、その年に優勝できなかったとしても最高のシリーズだったとノビツキーは締めくくった。ナッシュはダラスとのプレーオフで「捨てられた感」を燃料に沈めた3ポイントを挙げ、2人のライバル関係が友情と競争心の両面から成り立っていたことを改めて示した。
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